2017年04月30日

古墳と神社の関係(6)


以前、松林山古墳も太田川が磐田原台地にぶつかるところにあると書きましたが、久し振りに現地にでかけてみました。

古墳と神社の関係(6)
松林山古墳



太田川の方から西へ御厨古墳群を望むとこんな感じ、右端が松林山古墳です。

古墳と神社の関係(6)

手前の田んぼはかつて太田川の流路だったのだと思いますが、松林山古墳は赤門上古墳と同様に目立つ位置にあります。


一方、考古学者の森浩一氏の著書『「東海学」事始め ―東海の歴史を歩く―』にも関連する記載がありました。

「静岡県磐田市の南方に、『万葉集』に大乃浦という地名がでている(一六一五番)。古代の地形を復元すると大きな湖で、湖は南方で海への出入り口がひらいていたと推定されるから潟でもあった。大の浦潟といってもよいし、磐田潟といってもよい。太平洋沿岸での数少ない潟の一つであったから、ここに港があって多くの人びとが住んだのであろう。大の浦潟の北岸には、静岡県最大の前方後円墳松林山古墳がある。尾張最大の前方後円墳の断夫山古墳が海にのぞんだ熱田に築かれているように、遠江最大の前方後円墳の被葬者も海の産業を掌握していたらしい。」

ここでいう大の浦潟は、松林山古墳の南西、現在の東貝塚あたりまできていたと考えられているようですが、そこにはかつて全長110mの前方後円墳である古墳時代中期の堂山古墳もありました。

古墳と水運、やはり関係が深いようです。



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