2016年08月18日
浜松市東区有玉台・欠下坂
今回は、欠下坂を歩きます。
浜松北地域まちづくり協議会発行の『三方原物語』によると、ここは三方ヶ原の戦いの時に浜松城方面に向かっていた武田軍が急に西に進路を変え、徳川軍を三方ヶ原におびき出した際に台地に上った坂と伝えられているそうです。
まず遠鉄バスの有玉団地バス停から西へ欠下橋を渡ります。
道なりに歩いていくと、有玉団地公会堂の上のガードレールの脇に「信玄街道」の標識があり、ここがその道筋であることがわかります。
そのまま真っすぐ進むと、右手に常葉大有玉グラウンドの緑のフェンスがあり、道はその先から左へ曲がりますがこれは比較的新しい車道で、
こちらの右に入る細い方が旧道です。
この先は急な上りになります。
当時、三万近い軍勢が上ったとするにはあまりに細い坂です。
『三方原物語』には、同じ欠下平を基点に台地に上る「大菩薩の坂」と旧本坂道の「旧宇藤坂」に分散して上った可能性が示唆されています。
途中、常葉大のグラウンドが見下せます。この坂が三方原台地の縁に沿って上っていることがよくわかります。
あともう一息で先ほど分かれた車道に合流です。
上ってきた坂を振り返るとこんな感じ。浜松医大や有玉方面が見渡せます。
実は私はかつてこの道沿いのアパートに住んでいたことがあるのですが、こんな壮大な歴史があったなんて露知りませんでした。
坂を上り切ると、ななめ右の未舗装の細い道が追分方面に向う信玄街道の道筋だそうです。

この先はまた別の機会に辿ってみたいと思います。
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